東京地方裁判所 昭和42年(ワ)6238号 判決 1969年3月10日
原告
豊島忠治
被告
高野塗料株式会社
ほか一名
主文
一、被告らは各自原告に対し金二七万円およびうち金二四万円に対する昭和四二年三月一〇日から、うち金三万円に対する同四三年八月一五日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを一五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四、この判決は原告の勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一、原告
被告らは各自原告に対し四四三万九七七五円およびうち三五八万一一〇九円に対する昭和四二年三月一〇日から、うち三二万一五〇〇円に対する同四三年八月一五日から、うち五三万七一六六円に対する同年一二月一八日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
二、被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二請求原因
一、(事故の発生)
昭和四二年三月九日午前一一時一五分頃、東京都杉並区高円寺三丁目一九四番地先の交差点(以下本件交差点という。)において、通称青梅街道上を新宿方面から荻窪方面に向かつて進行して来た被告宮島芳佐(以下被告宮島という。)の運転する普通貨物自動車(品川一な三八八一号、以下甲車という。)が五日市街道方面に左折しようとした際、折から甲車と同方向に進行し、右交差点を直進しようとしていた原告運転の原動機付自転車(以下乙車という。)に甲車の左側部が衝突し、原告は同所に転倒し、左下腿骨開放骨折兼腓骨神経および側副靱帯損傷等の傷害を受けた。
二、(被告宮島の過失)
(一) 甲車が本件交差点手前にさしかかつた頃、乙車はその左側前方を先行していたのであつて、自動車運転者たる者はかかる場合に右交差点で左折するに際しては、予めその手前からできる限り道路左側に甲車を寄せ、かつ、徐行して先行車の後に追従するか、または、左折直前において一時停止して先行車を通過させその動静に注意してこれとの接触を避けるべき注意義務があるにもかかわらず、被告宮島はこれを怠り漫然と乙車の後方から進来し、乙車を甲車の車体半分追い抜いたのみで、急に左にハンドルを切つて左折しようとした過失により本件事故を惹起した。
(二) 仮りに乙車が甲車に先行していなかつたとしても、甲車はその車長の関係から左折するためには道路左側に寄れば、道路左端に十分な間隔を保つて左大廻りに転回しなければならず、甲車と道路左側端との間に他車が進入することが十分予測でき、かつ、予測しなければならない場合であるから、被告宮島としては甲車の後方殊に左後方および左横の他車の有無、その動静に十分注意し、万一、他車の並進、追従がある場合は、一時停止してこれを先行させるか、または、他車の停止を十分に確認して、雨中で見透し困難であればなおさら慎重にこれとの接触を避けるべき注意義務があるにもかかわらず、同人はこれを怠り、甲車左側およびその後方の安全を確認することなく漫然と甲車の進行方向の安全と、その方向に停止しているバスの存在を確認したのみで急に左にハンドルを切り、左折進行した過失により本件事故を惹起した。
三、(被告会社の地位)
被告高野塗料株式会社(以下被告会社という。)は、甲車を所有し、これを自己のために運行の用に供する者であつた。
四、(損害)
(一) 入院治療費等 五〇万九五六九円
原告は本件事故発生日である昭和四二年三月九日、事故現場近くの中尾病院で応急手当を受けた後、即日、都内の堀之内外科病院に入院し爾来前記傷害に対する加療を受けていたが、病状は快方に向かわず、次第に左下腿の壊死が顕著となつたため、遂に同年四月一日、左大腿部を中央から切断する手術を受け、引き続き安静加療を続けた。ところが、右手術等のため、身体の衰弱は甚しくそのため合併症を併発し、吐血したり血便を排泄するようになり、同年五月一日胃部の手術を受け同月二二日一応退院したが、現在、更に加療中であり、未だ病状は予断を許さない状態である。
そして原告はその間に次のような損害を蒙つた。
イ 応急手当代 一三〇〇円
(中尾医院)
ロ 入院治療費 三九万四五四五円
(堀之内外科、昭和四二年三月九日から同年五月二二日までのもの)
ハ 付添費用 八万六〇〇〇円
(昭和四二年三月九日から同年五月七日までのもの)
ニ 入院雑費 二万七七二四円
以上合計 五〇万九五六九円
(二) 逸失利益 三三八万一五四〇円
原告は、東京都中野区中央五丁目六番六号において、約二〇年前から「豊島屋」の屋号で、薪、炭、石油等各種燃料の小売販売を業としていたが、数年前からこれを原告一人で行うようになつていた。そのため本件事故発生と同時に廃業せざるを得なくなり、かつ、退院後も片足を切断し、胃部手術等の衰弱のため、右営業を再開することも出来ず、その他の収入の道を得ることも出来なくなり、従つて原告の労働能力喪失率は一〇〇パーセントとするのが相当である。
原告は明治四二年一二月二日生まれの当時満五七才三ケ月の健康な男子であり、原告の営業が個人営業であつたことを考慮すると、原告は同年令の男子の平均余命が一七・〇七年(第一〇回生命表による。)であることから考えて今後一七年間は稼働可能であつたと思われる。
そこで、原告は営業により一年間少くとも二八万円の純益を得ていたので、右一七年間に原告の失つた逸失利益の現価をホフマン式(複式・年別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると三三八万一五四〇円となり、同人は同額の損害を蒙つたことになる。
(三) 慰謝料 一五〇万円
前記のような諸事情および被告側の誠意の全く無い態度等の事情により原告の蒙つた苦痛に対する慰謝料としては一五〇万円が相当である。
(四) 保険金の受領およびその充当
原告は、昭和四三年八月九日自賠責保険金一八一万円を受領した。そこでこれを右入院治療費損害五〇万九五六九円に、その余の残額一三〇万〇四三一円を右慰謝料一五〇万円に各充当すると、損害の残額は三五八万一一〇九円となる。
(五) 弁護士費用八五万八六六六円
その内訳は次のとおりである。
着手金(昭和四二年三月一五日支払) 五万円
既払分(昭和四三年八月一四日支払) 二七万一五〇〇円
未払分 五三万七一六六円
五、(結論)
よつて原告は被告宮島に対し民法七〇九条により、被告会社に対し自賠法三条により、以上合計四四三万九七七五円および弁護士費用を除くうち三五八万一一〇九円に対する本件事故発生日の翌日である昭和四二年三月一〇日から、うち弁護士費用中着手金と既払分の合計三二万一五〇〇円に対するその支払日の翌日である同四三年八月一五日から、うち未払いの弁護士費用五三万七一六六円に対する本件口頭弁論終結日の翌日である同年一二月一八日から、各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三請求原因に対する認否
一、請求原因第一項記載の事実中、原告の傷害の点は不知、その余はいずれも認める。
二、同第二項記載の事実中、被告宮島に過失があつた点は否認する。本件事故当時、事故現場付近は強い南風(甲車の進行方向からの風)に加えてはげしい雨が降つており、自動車のフロントガラスはワイパアでぬぐい切れない程であつた。甲車が本件交差点に接近した頃、進行方向の信号は赤であり、停止線(五日市街道入口から七・八米手前)には左折の信号を出しているトヨエースが停車していたので、その後部に停車した。やがて信号が青にかわり、トヨエースが進行を開始したので、甲車も時速約一〇粁の速度でトヨエースに追随して左折を開始した。そして甲車の車体が五分の四程五日市街道入口に進入した瞬間、被告宮島は車外に微かな音を聞き、不審に思つて直ちに停車した。同被告が車外に出てみると、甲車の運転台の横に乙車が転倒しており、前記入口の横断歩道の側に原告がうずくまつているのを発見した。原告は真つ向から吹きつける風雨に視界をさえぎられたものか、前方を注意しないで、相当の高速力で乙車を走らせ、左折中の甲車の後部左側車輪泥除け部分に追突したのであり、転倒した際、歩道の縁石に左下腿を激突して傷害を受けたのである。従つて被告宮島には何らの過失もないのである。
三、同第三項は認める。
四、同第四項中、原告が自賠責保険金一八一万円を受領したことは認め、その余は不知。
第四被告らの抗弁
一、被告会社の免責の抗弁
本件事故は前示のような原告の過失のみによりて発生したものであり、被告会社は自賠法三条の責任を負わない。
二、過失相殺の抗弁
仮りに被告らに責任があるとしても、原告には前示のような過失があるので、賠償額の算定にあたつては右原告の過失を斟酌すべきである。
第五抗弁に対する原告の認否
いずれも否認する。
第六証拠〔略〕
理由
一、事故の発生
請求原因第一項の事実は、原告の傷害の点を除き当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告は左関節部開放性脱臼、化膿性膝関節炎、左腓骨神経挫傷等の傷害を負つたことが認められる。
二、被告宮島の過失
(一) 〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
本件事故現場は、東方新宿方面から西方荻窪方面に走る車道幅員一六・八米、南側舗道幅員四・八五米のアスファルト舗装道路である青梅街道(以下本件道路という。)に、幅員六・四米の五日市街道がT字路に交差する本件交差点内であり、事故現場付近の本件道路の見透しは良好である。五日市街道から新宿寄り七―一〇米の本件道路上に停止線が引かれており、五日市街道から荻窪寄りの本件道路上に幅員三・九米の横断歩道があり、この横断歩道に接して本件道路の交通を規制する信号機が設置されている。
当時本件事故現場付近においては、毎秒二米位の風が北または北北西に吹き、毎時一粍程度の小雨が降つていた。
被告宮島は甲車(車長五・七五米、車幅一・九七米、ダブルタイヤ前輪車軸と後輪車軸との間隔は三・四二五米のキャブオーバー車)を運転して本件道路を新宿方面から荻窪方面に向けて西進し、本件交差点に接近したとき、前記信号機が黄色から赤色に変わつたので、停止線の手前で既に停車していたトヨエース車の後尾に停車した。この時甲車左側面と歩道縁石との間には一米位の間隔があり、甲車は左折の方向指示器を点滅させていた。やがて信号が青になり、甲車は右トヨエースに追随して時速一〇―二〇粁の速度で左折を開始し、甲車の先頭部分が本件道路の歩道部分を通過し始めた頃、甲車と同方向に本件道路左端を西進してきた乙車が甲車の左後輪前のフェンダー部分に衝突し、原告は路上に転倒したところを甲車の左後輪で轢過された。被告宮島は左折時に乙車の存在に全く気が付かなかつた。右の認定に反する〔証拠略〕はこれを採用しない。
(二) 右認定事実によれば、被告宮島は左折するにあたり左後方の安全を十分確認しなかつたことが推認される。被告宮島は甲車車体が相当長いため、道路左側端と甲車左側面との間に約一米の間隔を保つて停車した後、左折を開始したのであるが、かかる場合自動車運転者たる者は左折するにあたつては左方および左後方の安全を十分確認すべき注意義務があつたにもかかわらず、被告宮島はこれを怠り、トヨエース車の後から左後方の車両等の動静に十分意を払うことなく、漫然と左折を敢行した過失により本件事故を惹起したのであつて、(また、右のような甲車の左折からは回転半径は四七米以下であつたと認められ、〔証拠略〕によれば、甲車の後輪軌跡は左折時前輪軌跡の内側に入りいわゆる内輪差の現象を生じたことが認められるが、当時被告宮島は、同被告本人が供述するとおり、甲車の車体が長い関係で内輪差現象を生じないものと考えていたことが窺えるのであつて、この点の誤解も本件事故と無関係とは言えず、運転者である同被告の過失の一部をなすものといわなければならない。)同被告には直接の不法行為者として民法七〇九条の責任があり、原告の蒙つた後記損害を賠償する責任がある。
三、被告会社の責任
請求原因第三項の事実は当事者間に争いがないので、被告会社は免責の抗弁が認められない限り自賠法三条の責任を負わなければならないところ、被告宮島に過失があつたことは前節で認定したとおりであり、被告会社は同法条により原告の蒙つた後記損害を賠償する責任がある。
四、過失割合
甲車と乙車との衝突個所が、甲車についてはその左側前部ではなく左側後部であることを考えると、原告は前方に対する注意を欠き左折して行く甲車の動静について適確な判断を欠いたため本件事故を惹起したということができるが、被告宮島としても直進車である乙車の動静に十分意を払わなかつたことは前判示のとおりであり、甲車と乙車との衝突地点、甲車および乙車の車種、その他諸般の事情を考慮すると双方の過失割合は、おおむね原告につき六、被告宮島につき四と見るのが相当である。
五、損害
(一) 入院治療費等
〔証拠略〕によれば、原告の病状はその主張どおりであり、原告は本件事故にあうまで胃の工合が悪いことはなかつたことが認められ、その間その主張どおりの損害を蒙つたことが認められる(入院雑費についてはこれに見合う証拠は見あたらないが、原告の入院日数等を考慮すると、その主張どおりの出捐を余儀なくされたものと推認される)。
ところで原告の現在の胃の病状は、たしかに本件事故がその一因をなしたものとは考えられるけれども、他の諸々の要因と本件事故とがたまたま複雑にからみ合つて惹起されたものと解するのが相当である。従つて原告の胃腸病に基づく損害についてはその一部について相当因果関係が肯定されるとはいえ、その全損害を被告らに賠償させるわけにはゆかない。原告の蒙つた前示入院治療費中には、原告の胃腸病に対する治療関係費が包含されており(前出証拠により認められる。)、右事情と原告の前示過失等を斟酌すると原告が本件事故によつて蒙つた入院治療関係の損害として被告らに賠償を請求しうる額はそのうち一五万円と見るのが相当である。
(二) 逸失利益
〔証拠略〕によれば、原告は明治四二年一二月二日生まれの当時五七才四か月余の健康な男子で、東京都中野区中央五丁目六番六号において、約二〇年前から「豊島屋」の屋号で、薪、炭、石油等各種燃料の小売販売を業としていたこと、数年前からは使用人をおかず原告が一人で行い、年間少なくとも二八万円の純益を得ていたこと等が認められる。
ところで原告の左大腿部切断の後遺症は、労災等級の第四級に該当するものであることおよび原告の胃腸の状態等を考え合わせると同人の失つた労働能力は八割程度と考えられる。そして原告の稼働能力は、その職業の性質上、労働能力に比例すると見るべきであるから、原告が将来得べき収入の中、右労働能力の喪失割合に応ずる分が将来失われるものと推認してよい。そして原告の職業の性質上、本件事故にあわなければ今後一〇年間程度稼働し、前示純益を得続けたであろうと推認される。そこで右一〇年間に原告の失つた逸失利益の現価をホフマン式(複式・年別)計算法により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると一七七万円(一万円未満切捨)となり、同人は同額の損害を蒙つたことになる。そして原告の前示過失を賠償額算定にあたり斟酌すると、原告が被告らに対し請求しうる額はそのうち七〇万円と見るのが相当である。
(四) 慰謝料
〔証拠略〕によれば、原告は事故後一年半を経過してもなお一か月に一―二度足の痛みのためにほとんど睡眠することができず、毎日二回ばかり激痛に悩まされていることが認められ、右事実に前に認定した原告の入院日数、後遺症の程度、原告の前示過失等諸般の事情を考慮すると、原告の蒙つた苦痛に対する慰謝料としては一二〇万円をもつて相当とする。
(五) 保険金の受領およびその充当
以上により、原告の蒙つた損害合計は二〇五万円となるところ、右金額から原告が受領ずみであることを自陳する自賠責保険金一八一万円を控除すると残額は二四万円となる。
(六) 弁護士費用
以上により原告は被告らに対し二四万円の損害賠償請求権を有するものというべきところ、被告らが任意にこれを弁済しないことは弁論の全趣旨により明らかであり、〔証拠略〕によれば原告は原告訴訟代理人らに対し本訴の提起と追行とを委任し、その主張どおり昭和四二年三月一五日着手金として五万円を支払い、更に同四三年八月一四日二七万一五〇〇円を支払い、他に五三万七一六六円の債務を負担していることが認められる。本件事案の難易、前記請求認容額その他本件にあらわれた一切の事情を勘案すると、そのうち三万円が本件事故に基づく原告の損害として被告らに賠償させるべき損害と認めるのが相当である。
六、結論
よつて被告らに対する原告の本訴請求中、以上合計二七万円および弁護士費用を除くうち二四万円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四二年三月一〇日から、うち弁護士費用三万円に対するその支払日以降の日である同四三年八月一五日から各完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言については同法第一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 倉田卓次 荒井真治 原田和徳)